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REPORT

KDA2023

審査結果と講評

Posted on 2024.2.24 Last Update 2024.2.24 Author Organizer Tag KDA

KD最優秀賞

猿山 綾花

地を仰ぐ
-都市部に潜む地と人を結ぶ媒介空間-


KD優秀賞

カーン リファ

宗教をほどき、かさねる
-混在する信仰の中で生きる人々の新たな場-


KD奨励賞

小野 櫻朱

まちの「素」を因む
-小さなズレの集積による偶発的な空間群-


KD特別賞

伊藤絢香

下書きのままつくる
-個によって認識が揺らぐ小学校-


司会進行

鹿田 健一朗

鹿田建築設計事務所主宰

1991 東海大学工学部建築学科卒業
1991 菊竹清訓建築設計事務所入社
2000 鹿田建築設計事務所設立

2020年、2月にクルーズ船での大規模な感染が確認され4月に緊急事態宣言が発出された。我々世代が経験したことのない命の危険すら感じる不安の中で入学した当時の1年生が今回の作者である。初めて建築を学ぶ時からリモート授業が続き大変な苦労をしてきたと聞いた。そして熱量のある作品を見ていくにつれ人間同士の距離感や空間、時間に対して固有のスケールと価値観を持った世代なのかもしれないと思い始めていた。傾向として建築や空間の力を誇示するものではなく分節された小さな空間を再構成しながら人と人、人と建築、人と環境を緩やかに優しく何かで繋ごうとしている作品が多い気がしたからだ。形式や概念や祈りなどで。遠い未来も当然だが今を丁寧に変えていきたいという想いを感じた。「建築は生きることに直結している」という香山壽夫さんの言葉を思い出した。

審査員は偶然にもそれぞれ約4年間隔で卒業された方々であった。年代で変化していく社会的視点や建築感がわかりやすく、経験も分野も様々でそれぞれの評価軸で視野の広い議論が展開された。「これからの可能性」「使われ方や将来のイメージ」「建築の新しい形式」「独創性」「空間を作る力」「都市との関わり方や場所性」「思考の飛躍」などの多くのキーワードを挙げて頂いたがあえてその場では評価軸を絞ることなくできるだけ多くの作品に触れながら議論を尽くして評価して行くことを試みた。投票で順位を決めることは容易だが作者が想いや理想を作品の完成度に捉われず受け止めて俎上に載せるのが特に今年の作品群の特徴に合っていたと思う。議論の時間が長くなったが納得の上の結果が出たのではないか。作品個別の評価については審査員の皆さんの講評文にお任せしたいと思う。

一方で大切なのは卒業してからのこれからだ。特に上手く出来なかったと思っている人たちである。諦めず粘って提出できたことは大変素晴らしいことだ。卒業設計は4年間の集大成であるが同時に社会的設計へのスタートラインとして認識することの方が重要だ。社会に出て実際に建つものを計画する体験は苦しみ喜びと共に必ず大きな成長をもたらすはずだ。どの分野に進もうとも人や社会、予算、時間、理想と現実に向き合った時に責任、使命感が生まれ思考の深度が増し建築を考える秩序が見えてくる。そして経験を積む度に不完全燃焼だった自分の卒業設計案は頭の中で修正を加えバージョンアップを繰り返していくことになる。結局、この先ずっと卒業設計の亡霊と向き合い戦っていかないとならない。きっと一生完成しないのだろう。それを楽しみながら成長してほしいと思う。建築は未来を変える力があると信じている、建築で良い環境を構築し人を育てることができると信じている。皆さんには数年後には経験を積んだ成長した姿で審査員として戻ってきて学生に伝え社会に導いて欲しい。それがOB会の主催するK D A審査会の意味であり真の願いだ。

今回卒業設計に取り組んだ全て皆さんには心から敬意を表したい。そしてこれからの活躍を大いに期待している。

審査員の皆さまには長時間に渡り真剣な議論を頂きまた多くの示唆に富んだご意見を頂きましたことを感謝申し上げます。

ご協力いただきました建築学科の皆様、開催の準備運営に尽力いただきました建築会の皆様にはこの場を借りてお礼申し上げます。

司会 鹿田健一朗


審査員講評


齋田 武亨

本瀬齋田建築設計事務所
共同主宰

2005 東海大学大学院工学研究科建築学修了
2005 隈研吾建築都市設計事務所入社
2015 本瀬齋田建築設計事務所設立

「場所に価値を与える」

建築は、実現される場合には必ず場所を伴います。場所の価値が高い都市部では自ずと人々が集まり様々な活動や現象が生まれる一方で、特に地方では、価値が無いとされる場所も多く存在します。例えば地方の山間部は、渋谷駅前に比べて同じ面積が1万分の1程度の価値(地価)として評価されます。そのため、地方で設計する時には、空間のアイデアで場所に価値を与えることや、潜在的な価値の発掘を求められる事が多々あります。

その観点で、都心の住宅地にありながら価値を持たない“崖地”に着目した「猿山案」は、鋭い視点が伺えました。環境個性を表出し、立体的な景観づくりや街区の連続性を創出する環境デザインも魅力的ですが、行為を伴う利用が難しい“崖地”にあえて建築をつくることで、良質な住環境をつくり崖地周辺の価値を高める、新しい建築の役割が示唆できている点で、最も高い評価をしました。建築が都市空間に貢献できる役割を見出し、本来は価値を持たない“崖地”に価値を与えるアイデアは、他地域でも様々な展開が望まれ、とても社会性が高い提案だと感じました。今回は懐古的な意匠に留まった擁壁の環境デザインにもこだわりを示せば、更に幅広い展開につながるでしょう。

同じく都心部でありながら魅力が薄く、街を分断する“路面電車の留置線”に着目し、モビリティと乗客と施設利用者のスケールのコーディネートを試みた「鈴木案」、里山など、地域と共存する新しいコミュニティ形態への転換が模索される“ゴルフ場”のこれからを林間学校として考えた「小林案」、耕作放棄や都市インフラの維持に苦しむ“棚田”を循環システムの側面から考えた「高橋案」からも、“場所”の潜在的な価値を探し出す嗅覚の鋭さが感じられ、これからの社会で、建築家の職能の活かし方を示す提案として評価しました。

「独自の武器」

東海大学は、興味関心を深掘りし独自の武器を錬成する作品が多く、良い特色であると思います。異なる武器種の強さを競ううえでは、先の「場所に価値を与える」ような、武器が広く活用されるビジョンに可能性を感じます。

その観点とは異なるものの、かつては地域コミュニティの中心であった宗教施設の役割を取り戻す、“現代的な多宗教空間”を示した「カーン案」は、本人にしか提案し得ない極めて独自性の高い提案であり、卒業制作として類を見ない輝きを感じる作品でした。

また、独自の空間のつくり方を提示した、素数の「小野案」、くさびの「新島案」、特に“下描き”の魅力を追求した「伊藤案」は、壁やコアの共有が重要な学校建築や、おそらく保育園において、その魅力を非常に高い純度で適用できる可能性を示した点で高く評価しました。これら手法提案に取り組んだ作品の多くは、安易な建築化によって、その魅力を伝える空間を自ら覆い隠してしまう傾向があり残念でしたが、建築でその武器を使う試みは評価に値しました。

これからも変容し続ける社会において、本学で生まれた武器が新しい建築像を生み出し、幅広く活用される未来に期待します。(齋田武亨)


森屋 隆洋

MORIYA AND PARTNERS主宰

2008 東海大学大学院工学研究科建築学修了
2008 計画・環境建築入社
2011 MORIYA AND PARTNERS設立

今年の卒業設計をみて強く印象に残ったことは、行き過ぎた人間中心主義による都市のあり方を問い直そうとする姿勢である。複合的な要因によって都市空間は標準化し、没個性化していく状況が続いている。経済性、機能性、安全性、快適性の向上には抗うことが難しいため、社会の成熟が進むほど建築や都市は生物である人間にとって退屈で不幸せなものになってしまう。この逆説的な状態をいかに変えられるのだろうか。

〈地を仰ぐ〉は、安全に造成された斜面地を再解釈し、その場所自体に意思があるように捉え、斜面地の豊かさと畏れを取り戻すことで、周りに住む人間の営みも次第に活気づいていくという、安心・便利・快適を追求することとは対照的なストーリーを提示した。丹念にリサーチして現実を根本から問い直す深い思考を感じる提案である。石積みは場所に応じて密度や素材を徐々に変えていくことで、場所の状態に適したデザインを提示しているが、肝心の模型表現からその緻密さが伝わらない部分は改善の余地があるだろう。

〈宗教をほどき、かさねる〉は、宗教という分断を超えて集まる場を創出しようという野心的な提案だった。宗教行為が水と密接な関係性を持つ構造を発見し、宗教建築の空間形式を取り入れながらも、高さ方向にも滑らかに変化する曲面の壁によって、それぞれの宗教エリアをゆるやかに繋げようとする空間は、一見荒唐無稽に思える発想にリアリティを感じさせてくれるほどの説得力を持っていた。ただし、屋根については宗教エリアごと分節されるのではなく、シームレスに全体が繋がるなどのデザインの余地を感じたし、屋根の支え方についても更なるスタディが必要であるように感じた。

〈まちの「素」因む〉は、素数が持つ特異な性質を引用し、空間構成にも割り切れない余剰のスペースをつくるための2つの形式を取り入れることで、均質化に向かう秋葉原に抗う提案をした。透明な箱型の空間が重なり合う様はとてもダイナミックで魅力的に感じたが、もう1つの形式である柱の傾きがなくても空間性は損なわれないようにも感じた。どちらかと言えば柱の傾き操作が主題となる空間構成に可能性を感じていたので、まだまだ伸び代がある提案に思えた。

また、入選に至らなかったが、個人的に興味深かった2つの作品を取り上げたい。

〈建築らしきものたち〉は、動物園の設計において不条理とも言える方法論を敢えて採用することで、人間における生物としての回帰を促そうという独創的な提案である。RCの構造体が1つの生き物のように縦横無尽に変化しながら張り巡らされており、その圧倒的な物量によって動物を囲う境界が消失したように感じる。人間が動物を観察しているのか、動物が人間を観察しているのか分からなくなってしまいそうな混沌とした状態になるのだろう。説明不足の部分はいくつもあったが、最も疑問に残ったのは、象やキリンなどの動物の視点をどのように考えていたかである。動物が生き生きしていない限りこの動物園は成立しないだろう。

〈都市の深層を剥く〉は、新宿という街に内在する人間の野生を、剥くという手法を用いて都市空間に表出させようとする大胆な提案である。動物的な感覚によって都市を編集していこうという野心に圧倒されるプレゼンテーションであった。ただし、「剥く」というメタファーが、モノとしてどのような帰着をみせるのかが曖昧な表現に留まっており、より具体性を持った表現になっていれば更に評価は高まっただろう。

卒業設計は、既存のアイデアやパターンに従うだけではなく、独創的なアイデアや社会問題の解決策を提示することを求められている。今回、会場で多くの作品を見せてもらったが、言語表現だけでは行き詰まってしまう思考の飛躍を、質量性を持つ空間表現にて着地させようとする学生たちの熱量を感じ、勇気をもらった。彼、彼女らの将来に期待したい。


大越菜央

ヒトカラメディア
ワークデザインチーム所属

2012 東海大学工学部建築学科卒業
2012 類設計室意匠設計チーム入社
2019 ヒトカラメディア入社
KDA2012 優秀賞

卒業設計までの4年間で得た経験の披露、その人の姿勢や今後の人生への意思表明も感じ、まるで一人一人の人間ドラマを見ているようなそんな空気感がありました。建築4年間の集大成であるたくさんの作品を目の前に学生のみなさんのエネルギーを感じて、私自身も刺激をもらえた、とても大切で貴重な時間となりました。

現在私は、まち/人づくり、働き方デザイン空間設計をしているのもあり、建築/空間論というものから少し身が離れていると思っていました。ですが、全く離れていなかったと。学生のみなさんのプレゼンや他審査員の方々の話を聞き、建物が存在するまちや社会、そこを使う人があるからこそ建築空間(建物)が成立しているし、むしろそこを使う利用者の具体的なイメージまでもしっかり考え抜けているからこそ、その場所は愛され続け使われ続けるんだということに確信をもちました。

また、「創って終わり」ではなくその先の5〜50年後の姿もイメージできていることで、まちと建物と人が共存しその場に馴染んでいくということを改めて気づかされ、空間は単体だけでは生きず、取り巻く自然/社会環境やそこを使う人たちとの関係性を考えることは必然であるということを再認識しました。

今回私は4つのポイントを軸にたくさん対話させてもらいました。

①丁寧なサーベイの内容
②問題意識をベースに軸をぶらさず空間/建築にしているか?
③使い手のイメージと未来の姿をどれだけ描けているか?
④自分自身が楽しめていて作品を好きになれているか(=自信を持ってやりきっているか)

「思い」と「熱量あふれる」作品に、私はとても惹かれていました。
その中で印象に残り評価したい作品をいくつか。

玉井さんの案〜営みの間で集い住む〜
思い描いた絶妙な違いと色々な活動を想像し緩衝空間で作りきったまっすぐさを評価したいと思いました。ただ、彼が素朴に感じた「代官山に感じる強烈な境界」の紐解き(サーベイ)がもう一歩欲しい!と感じ、その一歩を追求すれば、新たな代官山の拠点になりそう、と可能性を感じた作品でした。

多田さんの案〜商細胞を梳く〜
まず彼のサーベイとスタディの量に圧倒されました。「商細胞空間」だからこそ成立する積層空間と平面の隙間操作による構成へ最終的に収束させた力量をまずは褒めたい!平面の隙間操作の設計手法だけではなく、重なる細胞同士(積層)の設計もポイントで取り入れた案も見てみたいと思いました。そうすることで、商細胞がより立体的になり、活動の交わりが生まれまちの隙間も埋められる存在になるのではと感じました。

鈴木さんの案〜惹きつけ魅せる路面〜
「路面電車先だからこそ見える視界」「有効視野角度」という着眼点に興味をもち、実際に模型をのぞくと使う人たちの行動が見え、魅力的に感じました。ただ、地域を結びつける要素として建築のプログラムにもう少し具体性が欲しいと思いました。東急世田谷線沿いだからこそ実現できる場所のキャラクター付けがあると、作り上げた空間の魅力が増すのではと思いました。

小山さんの案〜都市寄生〜
「寄生」という言葉が強烈で「なんだこれ!」が第一印象でした。寄生という現象を彼なりに考え、建物だけでなく人々の心理までを寄生させるというストーリー構成は、世の中の寄生のイメージを変える作品であり、今回一番インパクトがありました。ここまで寄生する必要はある?と議論になりましたが、既存の寄生イメージに囚わず、新しい寄生の価値として打ち出すというアプローチならばむしろ可能性があると思います。寄生という言葉に負けてしまった部分があったのが惜しい!ポイントです。

小野さんの案〜まちの「素」を因む〜
今回作品の中で完成した空間に一番魅力を感じました。素数の魅力という自分の興味から生まれた思いからロジックを作り、空間の実現まで軸がぶれずに、考え抜いた姿勢に拍手を送りたいです。さらに秋葉原を利用する人々の心理をイメージし、空間を歩くストーリーを聞き、作品への思いと熱量を感じました。ここまで思いがあるならば、建物としての設計がもっとあればな、と私の欲が出てしまいました。

中山さんの案〜建築らしきものたち〜
人間以外の動物の視点で空間を作り出すという発想がめちゃくちゃ面白いなと。多様なスケールや大きさでつながり続けて完成したプランそのものが「不条理」に見え、1つ1つの空間がどんな居心地なのか?が見えないのがむしろ魅力?と、かなり考え悩まされた作品でした。もしかしたら動物園ではなく、その視点を取り入れる意味がある用途が他にも存在するような気がしました。この視点での追求を諦めずもっと深めていって欲しいです。これからの建築人生に期待!

猿山さんの案〜地を仰ぐ〜
計画敷地に対する丁寧なサーベイと素朴な着眼点、その場所を使う人たちへの思いがあり、まちを超えて環境という範囲までも視野に入れた考えが通った提案で、感動しました。何気ない操作から生まれた空間が、建物だけではなく人や環境までも育て、時間軸視点で未来を想像した時に、まちも人も建築も一緒に生き続けていけるイメージができました。まちに存在するからこそ空間は活かされ、空間があるからこそ町も生きていく、建物とまちとの関係性を紐づける新たな空間が媒介空間なのかもしれないと新しい視点に可能性を感じました。彼女の作品は、今回最優秀にふさわしい作品だと感じます。

建築は「誰かのための場所」でもあり、公共性も求められるものです。どちらかに振り切ることもできますが、切り離せない関係性。そこをどんな論理やプラン、考え方で繋ぎ合わせるか?が大事だと思っています。

決して答えではなくても、最後まで諦めずに自分の思いをしっかり込め作り込んだ多数の作品に出会えたことに、感謝します。

これから建築の世界にいく人も行かない人も、この経験を自信にし財産にしてください。
この先、何よりも楽しんだもの勝ちなので、どんなことも楽しんでください!
「どうしたら楽しめるか?」という視点をもって物事に向かうとめちゃくちゃ視野が広がります。

みなさんが社会に出てまたどこかで出会えること、楽しみにしています!
本当に4年間お疲れさまでした。


本井 加奈子

前田建設工業所属

2016 東海大学工学部建築学科卒業
2018 芝浦工業大学大学院建設工学専攻修了
2018 前田建設工業入社
KDA2015 優秀賞

卒業設計とは、今後の人生で問い続けていくテーマの発見だと私は思っている。
なので卒業設計の最初の「問」、つまりスタートは自分の中の興味や疑問の根源的なものであればあるほど良いという考えだ。今後考え続ける価値のある、考え続けることのできるテーマというのは、建築にかかわることの有無にかかわらず、今後の人生の解像度を上げ、人生を豊かなものにする。

今回の作品は設計者の興味や疑問を問い続け、その結果無駄なものをそぎ落とした純粋で鋭いテーマが多かったように感じる。そこには卒業設計という課題に真摯に向き合った過程が見えた。

カーン案
5つの宗教がそれぞれの個性を保ちながら一つの建築の中に共存しており、「水」がそれぞれの宗教において持つ意味の違いを丁寧に建築に落とし込んでいる。緩やかな曲面の壁を主軸に、その空間の高さ、広さ、解放性において宗教の特性を表しており、宗教施設特有の仰々しさを優しく取り除いている点も素晴らしい。空間を共通のエレメントで構成することで、それぞれの宗教を身近に、それでいてそれぞれを尊重した空間を作り出すことに成功している。なんとなく身構えてしまう宗教という課題に対し、軽やかに解を見せた彼女の案は、私たちの中の宗教の価値観を変えたのではなか。建築には何かを変えてしまえる力があると見せつけてくれた作品だ。

小野案
素数のようにあるルールの中で「できてしまった」ものが好き。というのが彼の出発地点である。その「あるルール」を柱の傾きとし、その影響で「できてしまった」空間は確かに魅力的にみえる。一つの操作で多様な空間を生み出すことは非常にシンプルで難解であるが、それをまとめ上げるところに彼の胆力がうかがえる。さらにもう一歩踏み込んで、その魅力的な空間を分析し、それを伝えてほしかった。その先に「できてしまった」ものがなぜ好きなのか、という問いの答えがあるように思う。

伊藤案
重なった線の中で、最も整っていると感じた線によって形状が認識される下書きのように、建築もそれぞれが最も良いと感じた線により空間を構成できるという発想が面白い。ある種のオーダーメイドだ。その過程で、どちらが下書きでどちらが清書なのかという疑問が発生しないでもなかったが、全体を通してテーマに対して必然性を持った提案であった。今日の教室はこっちの形、この教室はこの壁とこの壁でこんな形。と好きに空間を認知できる小学校なんて、シンプルに絶対楽しい。

さらに興味を引いた作品でいうと既存の環境をうまく取り入れ、再生した猿山案。「寄生」という一見ネガティブな言葉を用いて空間を構築した小山案。路面電車を、建築空間を構成する一要素として扱った鈴木案。剥くという行為を建築に落とし込んだ岡田案。どれも着眼点が面白く、挑戦的なもので、驚きと発見に満ちていた。

まだまだ話したい作品、内容はあるけれど時間も文字数も足りないのが歯がゆい。
最後に伝えたいのは、今回の結果が作品の価値すべてを決めるわけではないということ。
作品の評価なんて、審査員が変われば変わるものだし、その時の価値観によっても変わってくる。どのような評価を受けたとしても柔軟な心で受け止め、歩みを止めずに建築と向き合ってほしい。


中元 萌衣

KDA2022 最優秀賞
UG都市建築所属

2022 東海大学工学部建築学科卒業
2023 UG都市建築入社

実際にその場にいて魅力ある空間であるのか、という視点においては設計者自身がコンセプトや空間への深い理解度を持つことが重要だと思った。今回は空間の魅力、コンセプトと建築の関わり合いを評価の軸とした。

猿山案の「地を仰ぐ」
都心の高級住宅街である白金台の環境個性を凝縮、表出させるというコンセプトのもと植物や土壌のための建築を人間が偶発的に用途を持たせる案である。綿密な土地の分析によって想定されている空間の使われ方に魅力を感じた。トークセッションで言っていた50年後、100年後まで長く残った場合の回答を聞き、この作品は環境個性によって変化し続ける過程こそが魅力であると感じた。緻密な分析結果を空間に落とし込む過程において、より細分化されていることで作品の魅力が増すのではないかと考えた。

カーン案の「宗教をほどき、かさねる」
混在する多宗教と宗教に所属していない人を互いに身近なものにするために、それぞれの宗教によって異なる水のかかわり方を利用して信仰空間が重なり合う提案をしている。宗教ごとによって空間が遮断されることなく信仰度の強弱で動線の幅をグラデーションでコントロールしており、疎外感を感じさせない柔らかなゾーニングに設計者の想いを感じた。宗教という一見触れがたいコンセプトであるからこそ、選定理由など人々を引き込むようなプレゼンにすることでより多くの人に空間本来の魅力が伝わるのではないかと感じた。

小野案の「まちの「素」を因む」
素数のような「できてしまったもの」が、数字の構成要素のように根幹として存在しているものを空間に応用している案である。数字のように一つの法則によって重ねられた空間の中に偶発的に生まれたイレギュラーな細い隙間や複雑な動線に引き込まれるような魅力を感じた。実験的にできた空間の結果に対して、用途や行動を誘発した意図的に素数を強調させる設計をすることで、複雑化された空間の魅力が増すのではないかと思った。

小林案の「大地をよみとく」
ゴルフ場の閉鎖に伴う競技人口の減少や、まちと切り離されている現状を問題提起としている案である。ゴルフ場と林間学校が並行して共存している空間にギャップを感じ興味を持った。競技の動作や進行に合わせて分棟した林間学校が配置され、建物がコースの一部になるような空間が作られている。林間学校利用者の空間体験がさらに解像度が上がり、それぞれの用途が複合することで生まれる相乗効果がより明確であると作品としての魅力が増すのではないかと考えた。

その他にも魅力ある作品がたくさんあった。審査員として作品に触れ、1年前に指導者の方々から頂いたアドバイスはこういうことだったのか。と気づかされることが多かった。学生や審査員の方と対話を重ねることで評価軸である自分自身にとっての「建築とは」を改めて深く考える機会を得られた。

学生の皆様、大変お疲れ様でした。素敵な作品をありがとうございました。


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