KDA2025
審査結果と講評
2026年1月31日、湘南キャンパス17号館ネクサスホールにて東海大学建築会卒業設計賞(KDA)2025の審査会が開催されました。50作品を超える意欲的な卒業設計が並び、5名の審査員による熱い議論が交わされました。
事前審査としてのポスターセッションを経て審査会が始まり、トークセッション1から1次審査にて16名が選出されました。さらにトークセッション2では学生のプレゼンテーションをベースに深い議論が重ねられ、2次投票により最優秀賞1名、優秀賞1名、奨励賞3名が決定されました。
【最優秀賞】
東海林 勇太
一間から崩す
-身体寸法が解く街と学びの離れ-
【優秀賞】
小池 雅斗
浅出水、袖振り合うも多生の緑
-まちの付属屋的建築による水と暮らしの再構築-
【奨励賞】
磯部 治隆
雪も積もれば人集う
-積雪のデザインによる長岡の新しい風景と文化-
【奨励賞】
山本 悠貴
山鉾町の縄がらみ
-街区の隙間の拠り所-
【奨励賞】
辰巳 珠生
紙のまにまに
-身体的行為が蓄積され変化し続ける建築-

司会進行
鹿田 健一朗 / SHIKADA Kenichiro
鹿田建築設計事務所主宰
1991 東海大学工学部建築学科卒業
1991 菊竹清訓建築設計事務所入社
2000 鹿田建築設計事務所設立
卒業設計は作者の将来への思想表明だろう。そして時代を映し出すが鏡であることは言うまでもない。今年は作品が例年より多く、多岐にわたる作品が出展された。
ネットショップ、スマホ検索、早送り動画視聴、生成AIが普及し場所を問わず、多くの物品や情報を一人で移動せずに効率的に入手することが当たり前の現代(大阪万博の開催年)にどのような建築を示すことができるのか。作者の思考を想像し興味深く作品を拝見した。
世代も経験も様々の審査員の方々のこの多様な作品への評価が楽しみな一方で統一した評価軸を早々に設定することは簡単ではないと考えていた。しかし、意外にも「卒業設計の強度」という伊藤さんのキーワードによってほぐれ、「リアリティー」「空間」「プログラム」「未来」「社会性」「完成度」「信用度」「時間」「新しさ」などの要素で評価軸が構成されそうなことが確認できた。それは「新しい提案か」「筋が通っているか」「この建築にしか実現できないことか」のような建築に求められる普遍的な問いに集約されたのではないか。それを満たした時に強度が生まれる。
この議論はいつの時代も建築が目指すものは変わらないということを明確にし、この評価軸が今回適用可能なのは出展作品全てが誠実に自分の問いに応えようと努力していたことが伝わった証明でもあった。
技術の進化を過信せず取り組む姿勢は視点の変化など身体感覚や行動を重視した新しい空間、身近に人が集まり新しいコミュニティーを生み出す場所、自然に調和しながら人と距離を再構築する空間、などを提案している作品として示されていた。この傾向はコロナ禍を体験したこともあるが技術の進化の先にある人間空間への原点回帰だったのではないか。これは1995年、インターネットの急速な普及と同時に情報化社会における建築と都市の未来について書籍、建築雑誌等で議論され当時に予言されたまさに未来の姿である。
一方で普段は目に付くことない都市基盤の複雑な構造とダークな部分、その時代変化を明らかにする提案をした赤井案や渋谷の文化の衰退と建物機能更新をテーマにした伊東案は、楽観できない未来都市像に対し挑戦する強い意志を感じた。
また最終審査に残らなかったが明るい社会を作り出す装置として建築を計画したもの、温故知新で過去と未来を繋ぐ計画も示されていた。これら全ては永遠ではない建築と未来への不安に対してそれぞれ作者が提示した「時間」についての重要な提案と受け止めた。60年代の建築界は技術の進化の信じ便利な生活と明るい未来を想像したが磯崎新は建築と都市は廃墟同然となることを前提に建築を考えていた。その65年後の現代はどうだろうか、これからの未来はどうなるのだろうか、作品を通して改めて考えさせられた。紙の特性を活かした辰巳案は建築が変わるかもしれないと思える画期的な発明で今後の進化と新しい生活を強く期待したくなる印象的な案だった。
審査員の方々にはそれぞれの幅広い視点で審査いただいた。一番学生に近い世代の石橋さんの講評は作品の解像度が上がり作者の想いが伝わりやすくなった。結果は我々としての「強度」のあるものが納得の上で選ばれた。学科の評価と異なったことは建築へ視点が多様であることを示すことができたと思う。
建築は時間と共に変わっていくものであり価値観も変わる。卒業設計はその評価にかかわらず一生自分に付き纏ってくるものである。今わからなくても5年後10年後にわかることがむしろ沢山あるものだ。建築学科卒業生の活躍の場は多岐な分野にわたり建築を通して学んだこと、今回思い悩み取り組んだことは今後どんな職業についても社会で必ず役に立つはずである。いつも自分の思考を更新し正しいと思うこと、信じられることを探究し続けて頂きたい。きっと思考の芯となるものが明確になり太くなってくと確信している。卒業生の社会での活躍を応援するOB会一同の思いでもある。
最後に今年は例年より多くの出展作品を審査することになり展示場所も2箇所に分散したことで皆さまに多大なご負担をお掛けいたしました。にもかかわらず審査にご協力頂いた出展学生と審査員の皆さんに感謝を申し上げます。

福山 博之 / FUKUYAMA Hiroyuki
福山建築事務所主宰
1988 明治大学工学部建築学科卒業
1988 磯崎新アトリエ入社
1998 福山建築事務所 設立
私が大学を卒業したのは1988年、今からおよそ40年前のことです。当時の日本はバブル経済の絶頂期にあり、為替は1ドル=130円を下回る円高水準で推移していました。その結果、海外資産の買収が活発化し、なかでも1989年の三菱地所によるマンハッタンのロックフェラー・センターの買収は、その象徴的な事例として記憶されています。しかし、この一連の動きは国際社会、とりわけ欧米諸国から強い反発を招き、いわゆる「ジャパン・バッシング」と呼ばれる反日感情の高まりを引き起こすほどでした。こうした社会的背景のもと、当時の卒業設計では、大規模な複合用途の文化施設といったテーマが数多く見られました。これらは、バブル崩壊後には「箱物」として国内で批判の対象となっていきますが、良くも悪くも、私の世代の価値観を形づくる一部であったことは否定できません。一方で、それから40年を経た現在の日本経済は、当時とは対照的に厳しい状況にあります。円の弱体化を背景として、海外の富裕層による東京、さらには地方都市の土地やマンションの購入が活発化している点も、バブル期とは正反対の構図として進行しています。このような状況を反映してか、近年の卒業設計には、現状に慎重に寄り添いながら、小規模であっても細やかな効果を狙った提案が散見されます。先日の審査会でも、その傾向は明確に確認できました。しかし、ジェットコースターのような経済変動を実体験してきた立場からすると、「今の」社会を、建築を思考するための基盤として、どこまで、いつまで信頼するのかという疑問が拭えません。本来問われるべきは、建築を通じていかに現状を打破し、未来に向けた明るいビジョンを描き出せるかという点ですが、今回の審査においては、その課題に正面から挑んだ提案を見出すことはできませんでした。一方で、建築には時代に左右されない普遍的な価値があります。その価値の追求をテーマとした提案には一定の評価に値するものがあったと思います。なかでも岡部鈴奈さんの『賑わいを滲透させ、人々を収斂する 日常にひらかれたアリーナ』は、ローマのコロッセオで2000年前に完成されたスタジアムの「形式」を理解、踏襲し、現代の都市施設とするための独自のコンセプトを組み立てていることが、細部まで緻密に作られた模型からも伝わり、一票を投じることになりました。東海林雄太さんの『一間から崩す』は建築行為の普遍的な価値のなかでも「空間の探求」と言えるもので、人々の多様な活動を大きな一室空間ではなく、逆に細かな空間の分節による複数の多様な居場所に受容させる計画となっています。細かく分節されながらも緩く繋がるスペース群からは、従来の公共空間とは異なる新たな地域活動が誘発され得るのではないかと考え、二票としました。他にも建築の「思想」に関わるコンセプチュアルな案にも興味深いものもありました。今回の卒業設計は総じて丁寧に考えられており、平均的なレベルは高いという印象を持ちましたが、ほとんどは何のために何をつくるのかが曖昧だという印象も持ちました。経済的に低迷している社会においては、まず動機や必要性が問われ、無駄は省かれます。そのような時代だからこそ、建築が経済活動の手段であるだけでなく、文化を将来へとつなぐ手段としても有効であることを明確にし、提案を通じて訴え続けなければなりません。

井上 玄 / INOUE Gen
GEN INOUE主宰
2001 東海大学工学部建築学科卒業
2001 吉田研介建築設計室入所
2010 GEN INOUE 設立
作品の傾向として、ビルディングタイプへの提案や空間の新しい創出など、新しく建築をつくる作品と同じ位、既存建物や都市の隙間を対象に今あるものの特徴を活かしながら、最小限のリノベで価値を高める案が多いと感じた。これは学生の流行りという軽いものではなく、今まで新しくつくることに価値をおき、つくり続けてきた私達が社会に及ぼした結果であり、その影響が次の世代を担う若者に伝わっていると感じた。そんなことから新しく建築をつくらなくてはNGという評価軸を捨て作品に向き合い審査した。
卒業設計は溢れる情報の渦から自分の興味を見つけ出し、建築的な手法を使って自分なりの提案を行い、提案を社会と結びつけて説明することが必要だと思う。それまでの敷地、用途などの諸条件が与えられる課題と違い、まず自分の建築的なテーマを掲げ、自分の提案がより魅力的に説得力を持って表現できる敷地や用途を選定することができる。サーベイ、テーマ設定、敷地や用途選定、建築的操作とその効果や影響まで、それぞれの完成度が高く一貫してこのプロセスを辿ったと思われる完成度の高い作品が山内さんの「しわを寄せる」だ。
特に、敷地の選定が秀逸で、川に背を向ける住宅はプライベートな空間であり小規模な対象として、川で分断された小学校は公共空間であり大規模なそれとして、異なる規模や機能の建物を含む敷地選定により、様々な建築的操作のバリエーションが提示できたのと同時に、それらの効果が川という線で結ばれ強まることで、彼女が思い描くあるべき姿、光景を私たちが共有し共感することが出来た素晴らしい作品だった。
卒業設計は今後の人生の羅針盤になると言っても過言ではない。私的に一番関心があり最も優先する評価軸は、学生が何に興味をもったか?だ。価値観が多様化する社会において、常識や形式を疑い自分の感覚を信じることも重要で、その点で目を引いたのが辰巳さんの「紙のまにまに」だ。
現在、建築の材料や素材においてもメンテナンスフリーは優先される価値基準となっている。辰巳さんが大切にしている壁に触れることや痕跡を残すことが良いとされない社会がある。これは便利な新建材を多用し、環境問題や持続可能な社会へ目を背けている姿勢の現れであり、若い世代にとっては私たちが残した負の遺産といっても良いのではないか?
壁に触れることや痕跡を残せる建築を提案することは、私たちが積み上げてきた常識に疑問を持ち、彼女が紙を選んだことは今までの社会に対してのアンチテーゼであり、これからの時代に新しく建築をつくる可能性だと感じた。自分が置かれている環境で違和感を感じたことを言語化し建築的に解き、他者と共有し社会と結びつけるプロセスを感じることができた。これから進む上で、全ての判断基準となるテーマ設定であると感じ、辰巳さんの案を推した。
他にも数多くの優れた力作があり楽しい審査会だった。審査の結果は数名の審査委員の価値基準に沿っていたか否かという小さな問題だ。結果にとらわれることなく、自分の感覚を信じ、これからも建築を楽しんでほしい。

伊藤 州平 / ITO Shuhei
81A-主宰
2005 東海大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了
2008 CAt/シーラカンスアンドアソシエイツ入社
2017 81A-設立
審査会中、”強度”という言葉について考えていた。”卒業設計の強度”、”建築の強度”、”空間の強度”などなど…。また、評価軸として「社会性」、「空間の提案性」、「完成度」、「ワクワク感」の4つを挙げた。まず、建築を考える上で、社会的な(もしくは客観性を伴った)意義をモチベーションとしたストーリー構築が不可欠であると考える。そしてそれによって導き出されたプログラムを設定すること、そこまでを「社会性」とする。また、ストーリーに対応しプログラムに適合した空間・構成をデザインすること、そしてそれらが人間の活動に影響を与える質であることまでを含め「空間の提案性」とする。そこで、冒頭の”強度”とは、この「社会性」×「空間の提案性」によって得られると考える。
近年、卒業設計の傾向として社会が孕む問題や地域再生を題材とした解決型のストーリーが目立つ。そのためか繊細で慎重かつナイーブな操作による提案が散見され、曖昧で希薄なプログラム設定のもと、彼らがしきりに言う”居場所”の集合体のようなものを見せられ物足りなさを感じることもあった。本来、建築には時代や社会背景に左右されない普遍的な価値があり、学生には”強度”の追求によってその価値を見出してほしい。
その上で特に評価できる2作品を挙げる。磯部治隆さん(雪も積もれば人集う)は、積雪を建築の形態とそれらの集合のあり方を考える方法論に結びつけることで、豪雪という気象問題をポジティブに捉え直している。雪国のシェルターとしての機能を強く持った建築を開いたものとしてデザインし直すことで、生活と環境の新しい関係やそれに伴う風景を提案した秀作である。ただ、プログラムは宿泊施設よりもその土地に住み続ける人の生活に繋がるものである方がより説得力が得られたのではないか。更には、大きなスケールの部分模型を用いて、提案した建築の形式や様相を魅力的に表現できると尚良かった。
東海林勇太さん(一間から崩す)は、一般的にスペースの大きさが機能や利用人数に比例して計画されることに反し、最小単位のスペースの連なりによって様々な大きさや分節を展開していく空間構成を考えている。そしてそれらを増幅したモデルを街に取り残された空地(間)に落とし込み、敷地周辺の異なる状況をつなげるプログラムとした建築を提案している。ストーリーに対してオリジナリティのある公共空間を綿密に追及した秀作である。
その他、建築につながる興味を探求し「完成度」や「ワクワク感」から評価できる良作も数多くあった。綺麗な構成や様相をつくり出した小池雅斗さん(浅出水、袖振り合うも多生の縁)、ビルディングタイプへの挑戦をした菊池広靖さん(多層建築の登り方)、材料の特性に着目し構成を模索した辰巳珠生さん(紙のまにまに)、減築のプロセスを物語的に表現した橋一花さん(建築を看取る)など。ただ、これらの良作を含め”強度”がもうひとつ足りていない卒業設計が少なくないようにも感じる。具体的には、プログラムが希薄で空間表現の域を出ないもの、ストーリー至上で空間提案の乏しいものなどだ。
昨今、より多様性の許容が求められる社会では明確な意義や価値が時として分断を生むこともあり、また、加速する情報の消費に対応するべく本質よりも表層でものごとが判断されることが増えているように感じる。しかしながら、いつの時代も空間を以ってして社会や文化にカウンターを打つこと、そこに建築の普遍的な価値があるため、学生にはこれからも大いに”強度”の追求をしてほしい。

若月 優希 / WAKATSUKI Yuki
東 環境・建築研究所所属
2015 東海大学工学部建築学科卒業
2015 東 環境・建築研究所入社
私自身卒業後10年経ち、今の学生達はどんな事に興味を持ち、どんなテーマで卒業設計に取り組むのか、自分達の頃からどう変化しているのか、そんな素朴な疑問を持って審査会に臨んだ。いざ蓋を開けてみると、正直10年前も今も考えている事はあまり大きくは変わらないのだなという印象だったが、きっかけとなる興味は似ていても、そこから独自の分析・提案方法でテーマに向き合っている様子に熱量を感じた。特に私が魅力的だと感じた作品について、もう少し掘り下げたいと思う。
-小池雅斗さん/浅出水、袖触り合うも多生の緑-
今年は水・雨・雪等の自然環境に絡めたテーマが多かったが、その中でも彼の提案の「地域特有の人々の暮らし」に着目している点に最初から共感を覚えた。まるで、ただ水を汲みに来るだけだった井戸の屋根が大きく変形し、人々の棲家になっている様子に非常に魅力を感じた。屋根の上を歩いたり座ったり机として利用するからには、素材感やスケール感も含めて居心地の良さをさらに追求して欲しい。
-石黒紘さん/均質性の解体-
布のヨレで生まれる変化に興味を持ち、小千谷市の特産品に絡めて提案に落とし込んでいる点に良さを感じた。手法としては面白いものの、実際の空間として見た時に、本当に「均質性の解体」を実現できているのかには疑問が残った。敷地周辺との関係性はよく考えていたが、彼の説明する上下階のズレの部分が偶然できたもののように見えてしまい、その部分についての説得力がもう少し欲しかった。
-小川凛菜さん/涵養する建築-
敷地の地形的特徴に着目し、近年災害の原因にもなっている「雨」をポジティブに捉える提案に非常に好感を持てた。リアリティのある提案だからこそ、雨はどこからどこへ流れていくのか、敷地周辺も含めてさらに踏み込んで考える事ができると良かったと思う。屋根の形状や素材提案等からも、人間の感覚に働き掛ける建築の面白さを感じた。
-菊池浩司郎さん/境界をほどく丘-
大型の文化施設を計画する際の「都市の分断」という課題において、市民の為の地上動線を遮らない工夫をしている点が良いと感じた。空間として多少粗さはあるものの、人々の集い方に応じて自然光を調整する繊細さもあり、様々な文化機能がグラデーション的に混ざり合い、市民が日常の延長として楽しく利用する様子が想像できる提案だった。
「審査会」とは参加する審査員によっても評価が大きく異なる面白さがあると改めて感じた。総合的に優れている作品は必ず上位に入るとは思うが、私は何か足りなくても自分なりにテーマに向き合った意欲的な作品を可能な限り取り上げたいと思った。今回の審査会は、あくまでも1つの結果であり、学生ひとりひとりが真剣に取り組んだ事には必ず評価すべき点がある。大切なのはここで終わりだと満足するのではなく、次に何を繋げていくのかという事だと思う。今後もぜひ根気強く設計を続けていって欲しい。

石橋 千夏 / ISHIBASHI Chinatsu
KDA2024最優秀賞
京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科建築学専攻修士課程
2025 東海大学工学部建築学科卒業
昨年同様、大きく二つの傾向が見られました。関心のあるものから新しい設計手法論を生み出すもの、街への細やかなリサーチを経て建築で価値を付与するものがありました。前年度よりも後者の割合が多く感じました。しかし、どちらを発端としても、建築としての強度を持ち、良い空間を持つことで作品を共有することができると実感しました。
中から4作品について書かせていただきたいと思います。
山本さん「山鉾町の縄がらみ」は、京都の一つの街区の空洞化した中央に、4つの両側町の住人が集える場所を設計しています。これは京都の大きすぎる街区を住みこなすために、変化し続けた末の両側町を統合する契機となり得る提案です。対峙している時間のスケールが突出して長く、この提案のその先を見ることができます。また祇園祭の鉾からモジュールを持ち出すことで、乾季のトレンサップ湖の建築群のような建築が出来、それが街区の中に入り込む様に魅力を感じました。
小池さんの「浅出水、袖触れ合うも多生の縁」は、地下水が染み出す土地の特徴から人の手が離れて荒廃してしまっている場所に、重なり合う屋根を配し、その湧き出る水を含んだ美しい空間を創出する提案です。建築による問題解決や価値の付与が目的となる作品が多い中で、設計によって水をポジティブなものへと変換することで、人々が集まれる可能性を持つ土地へと、価値の転換を起こしている点が秀逸だと感じました。
東海林さんの「一間から崩す」は、伝統建築の空間を形成している要素への丁寧な観察を経て、それらを抽出したものを用いて形作っていく提案です。模型を覗くと心地よい場が連続していき、模型を介して「一間を崩す」という設計方法論を共有することができました。これは共有することが難しい設計手法論を生み出す系統の一つでありますが、丁寧な設計が重ねられていることが一目で分かるほどの空間があり、特出していました。
山内さんの「井荻の街にしわを寄せる」は、治水工事によって川での暮らしが失われた場所で、川と建築の間の境界を川側へと引き延ばすことで均質さを崩す提案です。かつて江戸や京都でも河原や川沿いの空地が賑わっていたように、都市と隣接する空地が人々を引き寄せていました。川への境界を操作することで場を用意し、川との新たな関係を街にもたらしています。それは川の治水工事によって全国で失われた川との関係を、新しい形で取り戻すプロトタイプとなり得ると感じました。
私も昨年度、このKDAを発端に多くの外部展へと出展させていただきました。その際、卒業設計展は審査員により評価軸が大きく異なるだけでなく、大学による特色も大きく異なることを実感し、様々な人に評価されることが大きな学びとなりました。このKDAでの評価が絶対値でないので、より多くの場へ出展し、多くの議論に揉まれてほしいと思います。

伊東 慎ノ介
象徴の遺れ方
岡部 鈴菜
賑わいを滲透させ、人々を収斂する -日常にひらかれたアリーナ-
石黒 鉱
均質性の解体 -ヨレの作用による空間の繋がり-
赤井 柊真
沈黙の空隙 -飯田橋における地上と地下の関係性を再構築する-
山内 菜摘
井荻の街にしわを寄せる -背面化された善福寺川に現れる新たな街の顔-
橋 一花
建築を看取る -減築による建築の新たな終息システム-
菊池 広靖
多層建築の登り方 -層と床勾配がつくる上昇の体験空間-
小川 凛菜
涵養する建築 -都市と自然の循環を生み出す建築のかたち-
富永会長による閉会の挨拶 
集合写真
























