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REPORT

KDA 2024

Posted on 2025.3.12 Last Update 2025.3.13 Author Organizer Tag KDA

審査結果と講評


KD 最優秀賞

石橋 千夏

坂を築く
-地を接いで流れ出す街-


【KD 優秀賞】

山名 悟司

消失の重なりに住む
-空間の非在と暮らしの残り香を継承する住まいの提案-


【KD 奨励賞】

大宅 真愛

愛おしさを宿す
-モノと身体の距離を縮めることで構成される見立て空間-


【KD 奨励賞】

喜多村 優衣

周波数を合わせるように
-小さな変化が連続する街の裏-


【KD 特別賞】

佐藤 結人

潜在景を呼び覚ます
-祭礼空間の顕在化による勝浦の風土再生-


司会進行

横溝 惇

スタジオメガネ建築設計事務所 共同主宰

1983年 埼玉県生まれ
2008年 横浜国立大学都市イノベーション学府 Y-GSA 卒業
2009年 飯田善彦建築工房勤務
2017年 よりスタジオメガネ建築設計事務所を立ち上げ
2021年 (一社)ニューマチヅクリシャ設立(現理事)
2022年 より多摩ニュータウンにてSTOAを展開中
府中市土地利用景観調整審査会、多摩市文化芸術振興計画有識者会議委員など

KDA2024が開催され、総勢29名の卒業設計が審査された。学内では、建築の様々な歴史、計画、構造などの分野での視点から平均点の高いものが選ばれているように感じる。(KDA審査には学内評価は全く関係がないし審査員、司会には一切情報は事前には解禁されない。)KDAは、建築家が審査する会であるため、学内のような各専門的分野ということの平均的評価だけではない、「建築」の評価をしていくことが学生にとっては魅力的かつ重要な機会なのではないだろうか。学内評価とは違った切り口で審査されることで、選ばれる建築はどのようなものだったのかをレポートしていこうと思う。

「評価軸は決められるのか」

卒業設計は、前提として、建築は単一の考えでは評価できない。特に卒業設計はそれぞれの学生が、多様な考えを持ち、挑戦している場である。切磋琢磨し複雑な考えを巡らせ建築にまとめあげることができたか、ということとも言えるし、ある考えをとにかく深度を高め、発見的、論考的、批評的なものにしていく場合もある。そのような中で評価軸は、最初に決めるべきではないのではないかと思っていた。審査員の方々には、議論を重ねてもらいながら進んでいくのは少し硬くなってしまったが、冷静に評価していくことが良いと判断した。

「まとめ上げる力を見るのか、思考の独創性を見るのか」

今年エントリーした卒業設計はどれも力作で、完成度だけを見るだけでは、比較は難しいと感じた。また、時間のない中で、思考の独創性を見抜くことはなかなか難しいことである。そのため、審査員の方々と議論を重ね、比較していくきっかけをつくれるように、全体の案に触れながらも、おおまかなグルーピングをしていくこととした。その中でも注目を集めた案は、グルーピングにハマらないものや横断していく案がいくつか出てきたように思えた。

「最終審査は、影響力なのではないか」

最終審査の議論の中で、佐野さんが、卒業設計はこの後に影響力があるかどうかが重要なのではないかという視点をくださった。建築の空間だけでも、ストーリー性の良さだけでもダメで、そこに影響力があるかどうか。空間実験の新たな試みであったり、スケールや身体的な気持ち等への挑戦であったり、都市スケールと建築の狭間を縫うような操作であったりと、課題解決型ではないものが議論にあがっていき、最後の審査では、僅差で近代的開発の過程でできてしまった都市の状況を建築で独自の場所をつくっていた、「坂を築く」石橋案が最優秀賞となった。

卒業設計は、これからも建築を続けていく上で、考えつづける自身のテーマのようなもののきっかけを見つけられたかどうかが大切であり、人生の中でも宝物のような時間だと思います。皆さんが建築をやめられなくなるきっかけとなることを願います。

最後に、審査を引き受けてくださった審査員の皆様、企画・運営にご尽力いただいた、OBOGの皆様、この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。

横溝 惇


木島 千嘉

木島千嘉建築設計事務所 主宰

1989年 早稲田大学理工学部建築学科卒業
1991年 東京工業大学大学院修士課程修了
1991年 株式会社日建設計入社
1999年 O.F.D.A.参加
2001年 木島千嘉建築設計事務所設立

東海大KDA2024 

卒業設計を見せてもらう楽しみは、実務設計とは異なる次元のフィクションだからこそ見いだし得る建築の可能性や新しい切り口、「摩擦はないものとする」という前提で試せる手法、思考に触れる機会にあると思う。習ったことの集大成を超え、先にボールを投げるスタンスを期待してしまうし、さらには虚構だとしても現実の目前の世界との距離感を自己分析しつつの問題提起、批評性も欲してしまう。

今回の卒業設計では、複雑で多様なつながり方を志向し床や壁の面の微分的な操作をする試みが多く、全体形については既存建築に囲まれたまま隙間を埋めるような建ち方や、部分のルールから増殖しその外観ボリュームの必然性への言及の少ないものが多かった。私には構成部材の操作手法が少し自己完結気味に感じられ、建築を取り巻く外部との関係性の乏しさがやや気になった。壁柱やスキップフロアの魅力はすでに認知されており、既往の優れた建築プロジェクトとの違いや、これまで実現されなかった要因と思われる課題をどう超える可能性を見出したのか、画面情報と異なる物理的な視覚的つながりは視覚情報以外の音、熱、風、臭気、振動の伝播・越境も付随するはずで、それらをどう操作するのか、などに踏み込み、個々の敷地において周囲への作用までを射程に入れた検討が表現されていたら、より面白かったように思われた。そんな中で優秀作品に選ばれたのは、いずれも独自の視点や外の世界との関係への取り組みがより見出された作品といえる。

<石橋作品>は街中の傾斜地形と建築の関係を一体化させ、都市計画スケールで土木と建築の境界を溶かすような連続性を獲得した場のデザインが魅力的だった。ただ、そもそも東京の川は、上水・下水・治水・水運、様々な目論見で古くから手が掛けられており、放水路として人工的に開削された神田川ほどではなくとも、菊坂周辺の沖積地も江戸時代から道、坂の付け替え開発的な都市計画の集積で、100年以上前にすでに木密化し今や土地の坪単価500万円の街区への提案としては、そのデザイン根拠を失われた地形や文化という過去に委ねてノスタルジックな地形として提示するのではなく、これからの都市における存在意義の検証視点から、例えばグラングリーン大阪のランドスケープ的なスケールで、もっと自信をもって周囲にもたらす効果を提示しても良かったと思う。(東京の坂道文化に関心を持ったのであれば鈴木理生氏の書籍も一読してみると面白いと思う。)

<山名作品>は記憶を継承するツールとして、建材という単位や様式とも少し異なる、フロッタージュの変形もしくは立体的な拓本のような痕跡の遺し方の発見が面白く、痕跡が残る前提で増改築が検討されると人々にとって住まいの認識がどのように変容するか、興味深かった。構法的な視点についてもう少し聞いてみたかったが、イメージの破片に終わらせずに3次元で空間表現を完成させた点も評価した。

<喜多村作品>は、先に上げた段差や壁を操作し小さな領域を繋げる提案に分類されるだろうが、周囲の規模用途バラバラな既存建物の裏側に浸食し、既存を取り込みながら公共化する手がかりの発掘と手法の相乗効果に期待をもった。

選出された作品以外では<宮下作品>が下北沢の強い分断の跨ぎ方、役所機能の開放という課題に対し、乱切り細分化したボリューム配置の効果が行為から都市計画スケールまで具体的かつ魅力的に提示され好感を持った。馴染む一方で線路跡という場の特徴的な記憶の活かし方がややあいまいになったのが惜しまれる。

<正木作品>も空間認識の根拠を人が各自の感覚で補完するというとらえ方が面白く、この場合、相似形の図式的な操作だけでなく、直角三角形の面自体の厚みや切り口のディテールなどの違いにも踏み込むと彼女のいう空気の含み方により多彩さがもたらせたように思った。たまたま宮下、正木両名は食物の味わいに対する感覚からスタートし建築への応用を試みたものだったが、眼耳鼻舌身意、視覚以外の感覚をもって環境を観察できることは素敵なことだ。その感覚を稚拙な比喩に終わらせずに建築へ展開するためにより詳細な論理的分析ができるとよいと思う。

最後に、建築は考えるのはもちろんだが、つくるにも壊すにも手間暇がかかる。皆さん引き続きぜひ頑張って、手間をかける価値があると、つくり手にも使い手にも思わせられる強度を持った建築を生み出してください。                     

木島 千嘉


佐野 もも

コンマ 共同主宰

1976年 神奈川県生まれ
1999年 横浜国立大学工学部建設学科卒業
2003年 東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了
2003-2005年 北川原温建築都市建築都市研究所
2007年 コンマ設立
現在 日本女子大学、東京電機大学、千葉工業大学、東海大学、ICSカレッジオブアーツ非常勤講師

KDA賞

初めて東海大学の卒業設計を拝見しました。

それぞれの作品からはありあまるエネルギー、個人的な気づきを言葉にしようする想い、形態操作からなんとか建築を見つけようとする姿勢、さまざまな格闘の末に獲得したものがあるということが伝わってきました。みなさんそれぞれ思うことは異なるでしょうが卒制をやり終わったあとの達成感や口惜しさなど、実感をぜひ大切にしてほしいと思いました。

審査員として呼んでいただき、私はみなさんをあまり褒めなかったかもしれません。私自身、本当に可能性のある良い建築というものは褒められるだけでなく、議論を生み、これからの建築を考えたくなる作品だとどこかで思っているふしもあります。だから当日みなさんの作品を批評することにしていました。「厳しい」一言を申したかもしれませんが批判ではなく批評ですのでご容赦ください。

卒業設計とはこういうものだ、という一律の定義はないのですが建築人生を人間の人生にあてはめてみるとまだ4歳です。だからこの設計はこれから歩き始めるための土台になるかもしれません。設計者本人が今後発展することができそうなテーマを得たのだろう作品がいくつもありました。さらに彼ら自身の個人的な興味の枠にとどまらずこれからの都市や社会へ投げかけていく射程をもったものには確かな可能性を感じました。

石橋千夏さんの「坂を築く」は坂道から生まれた独自の空間性や文化を読み解き、失われた坂道の可能性を現代の都市で継承していこうという試みです。川の暗渠化により都市に生まれた分断を解明し、縫合していく建築のつくり方に共感をしました。建築の本質は新奇なものを生み出すことが目的ではなく、都市をどう捉えるかだという、立脚点に立った上で石橋さんの都市への探求心と彼女の提示した切り口、坂を身体に引き寄せて考える方法論は信頼度の高いものでした。破壊され、リセットされる現代の都市開発に対するアプローチとしても高く評価したいです。

山名悟司さんの「消失の重なりに住む」も建て替わる住宅の残滓を引き継いでいこうとする意欲的な試みです。

過剰とも思える空間操作は以前に建っていた既存住宅のエレメントに対し、新たな住まいのエレメントが巻きつくなど、新旧が相互補完の役割をしており、多様な関係性を生み出す空間試行の積み重ねによるものだということが分かり納得しました。残滓に新たな住まいを重ね合わせることによって住空間に多様なコンフリクトや調和が生まれ、建築の建ち方、残し方に豊かな町並みをつくるであろう可能性を感じました。

大宅真愛さんの「愛おしさを宿す」は自身の情緒に向き合った建築で内向性の高い作品と思いきや、モノそのものがスケールの拡張縮小を行うことでモノの意味が変容し、人間の空間認識への問いをもつ意欲作でした。こうした試みが展開していく風景、愛でることが都市や人に作用していくさまをもっと見てみたいと思いました。

西川悠馬さんの「音欲をやどす」はランドスケープによって音楽施設を解体し都市に溶融させる試みにもみえ、その先の展開が見てみたいです。宮下湧気さんの「建築を料理する」の役所を街に馴染ませていく手法は今後の公共施設と都市の関係性を問うものでした。

吉田奈央さんの「建築未満たちの結束」はかわいいものは何かが欠けているものだ、という仮説から完結しない空間を導こうとしているもので、建築が完成し、硬直化することへのあらたな一手として、更新を可能とする開かれた建築の在り方を示そうとしていました。

記憶に残る作品はまだまだあります。どこかでお目にかかる機会がありましたらぜひ続きの話をしましょう。

佐野 もも


上村 育美

環境・建築研究所 所属

1981年 新潟県生まれ
2003年度 学部卒業(吉松研究室)
2005年度 大学院卒業(吉松研究室)
2007年〜現在 東 環境・建築研究所

世界や都市や場所は常に変容し続けている中で、それを今、卒業設計に取り組む人がどう捉えていて、どのような意思表示を社会に示すのか。彼らはこの卒業設計という武器ひとつで、社会へ飛び立つ覚悟を持ってこの1年間やってきたのだ。

個人的には、空間への普遍的な問いは「卒業設計」として見逃せない。

空間提案型の作品では、自分の中のインターナルな興味を空間提案に昇華させる過程の中で、人間と空間の関係性に真摯に向き合う姿勢があり、もはや今の都市や街に何を提案しても期待しづらい現実があることを彼らなりに感じ憂いているようでありながら、現実の中での敷地の選定やプログラムへの落とし込みまで抜かりなく仕上げていたものが多く、レベルの高さに驚いた。

「大宅案」は、モノを愛でるように空間にも愛着を持ちたいという、独特な興味からスタートしつつ、プログラムへの発展性も提示している一連の流れが素晴らしかった。ともすればアート作品として捉えられてしまうところを、堅実なスケール操作によって作品は空間としての力を宿していたし、建築への実現性を感じられた。何を根拠にデザインするのかが明確にできていた分、今後はモノから空間へと変容し始めるスケールを意識して設計していって欲しいと思う。ともあれ、人類にとって空間とは今はどんな存在で、どういう対象になりうるのか?その問い自体が興味をそそられる作品であった。

「石橋案」と「喜多村案」は坂道や段差といった地面のアンジュレーションへの興味を見事に建築の提案へと昇華させていた。

「石橋案」は都市的なマクロな視点で川底へと向かう広域な傾斜敷地を選定しながらも、空間の提案が決して大味で終わっていない点が素晴らしい。何枚にもわたる断面図がその緻密な設計を裏づけている。かつて人々は既存の地形に対してこういった素直な、地形に逆らわない魅力的な設計がどれだけできていただろうか?これからの社会に対して大きな問いを投げかけてもらった気がする。

「喜多村案」は段差のある空間を都市の「裏側」に設置して、プログラムを「子供の居場所」としたストーリーが秀逸だった。敷地の選定の際のマクロな視点と、空間をつくり込むためのミクロな興味と、プログラムの選定というマクロとミクロの中間のような視点を複合させることの楽しさを感じられた作品。

昔の子供は街では路地裏で遊び、森では秘密基地を作って遊んでいた。子供は本能的に「裏側」に興味があり、それが現代都市に状況として現れてくる、その有り様は新たな都市空間としての可能性を感じられた。

最後に、卒業生の皆さん、卒業設計は楽しめただろうか?やりきった人もやりきれなかった人も、今後はこの卒業設計が自分の思考の拠り所になってくれるはずだ。この先、自分は何がやりたくて、何に興味があるのか、わからなくなる時があるだろう。そんな時には自分の思考の塊である自分の作品が自分を助けてくれる。卒業設計はそんな存在であると思う。

上村 育美


中津川 毬江

nias 共同主宰

2015 東海大学工学部建築学科卒業
2015-19 株式会社奥野設計
2020-21 一級建築士事務所 大西麻貴+百田有希 / o+h (常駐監理協力)
2022 一級建築士事務所 nias 設立

今の学生たちはどのようなことに興味や意識があるのだろうかと想像しながら審査に臨みました。全体の印象としては住空間や人・モノ・コトとの距離感に対する提案が多いことに驚きました。一方でその提案はウチでの関係性に留まっているケースが多数あり、惜しいと感じました。ソトとの距離感まで考えられるとより一層建築に厚みが増す気がしました。

限られた時間の中で、私個人として評価しつつももう少し議論を交わしたかった作品について触れます。

佐藤さん―潜在景を呼び覚ます―

数少ない土地の課題を建築提案により解決しようとしているその意志をまず評価したいと思いました。製氷施設と灯台を結ぶ軸はやや無理があるようにも感じましたが、勝浦という土地で製氷施設の重要性や一部製氷施設自体をも巻き込んだ提案は、この漁師町を想い挑んでいる気持ちが読み取れました。また、祝祭軸はとても強い印象を受けつつも、その強さは今までにこの土地になかった海と町を繋げる要素として働く姿が思い浮かび、この土地にあるべき作品だと感じました。

浦勇さん―大地に浴す―

最大限に稲田石の採掘場跡の魅力を引き出すプログラムだと感じました。採掘により生まれた3mモジュールの空間や湧き出た水を利用することで跡地を守ることが考慮されておりこの土地の活用方法をよく考え、人工的な行為と自然をうまく融合した点を評価したいと思いました。そして何よりも「あったら行ってみたい!」そんなわくわくする感情を起こさせてくれた作品でした。

吉田さん―建築未満たちの結束-

冒頭に「可愛いは欠落」の着眼点からスタートし、欠落するもの同士補い合って個性をもつという発想は魅力を感じました。しかし、高齢化する寿町という特殊な街に対して、幼稚園という用途は違和感を覚えました。この街は高齢化という問題以外にも多くの事を抱えている点への補う提案がなかった所が惜しかったです。それでも、建築の提案は必要と思う人が必要な分だけ補っていく楽しく居心地の良い空間が想像できました。

衣川さん―都市を換喩する―

街の街路軸を読み取り段階的に都市街区に慣らしていく建築は街の緩衝材になり二面性を持つ野毛を繋げていく可能性を感じました。また高低差の大きい土地性を活かし建築に取り込む点も本来の街の姿を残し野毛らしさが一層増す提案になっていました。一方でオノマトペに着目し建築へ取り込む提案は新たな発想で面白いと感じつつも、そこへの具体的な落とし込みまでされた提案が見たかったです。

これから皆さんは新たなステージに進むと思います。今興味があることはこれからの人生で小さなことでも共通することがあると思います。これまでも、これからも評価というものは評価する人によって視点が変わります。自身が大切にしたいことを忘れずに過ごしていってほしいと思います。

とても素敵な機会をいただきありがとうございました。

中津川 毬江


猿山 綾花

KDA2024 最優秀賞
東海大学工学研究科建築土木工学専攻
2023 東海大学工学部建築学科卒業

今年度の卒業設計は着眼点のオリジナリティーに留まらず、そこから独自の理論を展開出来ている人が多かったように感じました。その為、学生が自分の作品へ高い解像度を持ち、かつ共感性を生む作品にまで作り込めていたか否かで評価が分かれたかと思います。

敷地内において提案を行う内向的な案が多い中で、石橋さんの〈坂を築く〉は丁寧で繊細な地形のリサーチと坂を作るといる提案の大胆さを持ち合わせており、まちを変えて行く力強さを感じました。川が好きという素朴な興味から始まり、同じく線形環境である二本の坂に囲まれた敷地に対して川のように街と連続した流れを持つ機能と動線を与えた一貫性のある提案でした。また横に長い提案を短手で連続断面に起こすというドローイングの技法も秀逸だと感じました。

同じく街に対する提案を行っていた衣川さんの〈都市を換喩する〉は、グリット化された街と自由な区画割が行われている街の間にそれを繋げるように、多方向的な壁とオノマトペ的な多様な空間を配置した図書館の提案です。最初に彼の提案を聞いた際、壁の操作とオノマトペの話が結びつかず、二軸を持った提案だと解釈しました。しかし質疑の中で彼が言っていた「2つの敷地を2つの手法で結んでいく中で、この場を利用する人の中に新たなオノマトペのような自由な空間の受け取り方が生まれる」という言葉を聞き、納得させられたと共に、自分で終着点を設定せず作品への伸び代を期待する姿勢を評価しました。

喜多村さんの〈周波数を合わせるように〉は、裏表のある街に対して街の裏側で、ゆるさのある繋がりを持つ学童を主とする公共空間の提案でした。段差の操作という単純な手法ながらも機能と利用する年代によりレベル差を与えており、全体と部分が考えられていました。トークセッションで彼女の経験から学童は家の遠い延長にある場所にしたいと聞き、街の裏にありながら周辺の街の生活により姿を少しずつ変えて行く公共空間が想像出来、魅力を感じました。

また入賞しなかったものの興味を持った作品を2つの挙げさせていただきます。

現状の直立防波堤に対する問題意識から街と海を横断する床の提案を行った下田さんの〈白渚海岸の大きな床〉は海岸地域に対しての想いの強さと、海から街へ続くのびのびとした床と屋根の提案に惹かれました。他の提案と比べ手数は少ないものの、海という変化し続ける自然物に対する提案として、この不要なものを削ぎ落としたシンプルさは一つの正解であるのでは無いかと考えさせられました。今回はランドスケープ的な提案に留まって居ましたが、もっと細部にも注目した話を展開出来ていたら更に評価が高まったかと思います。

都市の裏路地の距離感のバグに魅力を感じ、それを高層のビルの中へと再現した田中さんの〈微を象り都市の距離を改む〉はそのリサーチ量と空間の伸縮というワードに興味をそそられました。感覚的な距離をバグらせながら、物理的な距離もあえて作り、最上階を通過後にさらに下って奥へと進んでいくと言ったような空間自体の面白さは一番だったかと思います。また変化する空間の距離感の中で、どんな新しい価値観や人の行為が生まれるのかという理論をもう一歩大胆に踏み込んだ所まで作り込んでも良かったのではと、まだ伸び代のある提案だと感じました。

大切なのは結果では無いとよくテンプレのように言いますが、私もこの一年で本当にその通りだと実感しています。

卒業設計は初めて長い時間を掛けて自分の考えを表現する機会です。自分をうつす鏡のような今回の作品を作る過程で見えてきた、自分の弱さを噛み締めて、強みや面白さを是非伸ばしていってください。

新たな視点を与えてくれる有意義な審査会でした。ありがとうございました。

猿山 彩花