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REPORT

「U commons Talk Session vol.2」

Posted on 2025.7.22 Last Update 2025.7.22 Author Organizer Tag U commons
当日のタイムスケジュール

6/28(土)に東海大学建築会理事の若手グループ「U commons」主催で「U commons Talk Session vol.2 宇宙建築の現在地」が行われた。

建築・宇宙工学・政策・教育といった分野横断の観点から宇宙建築の最新動向を共有し、今後の可能性を議論するオンラインイベントとして開催された。参加者は約60名にのぼり、各登壇者による専門的かつ多角的な知見が交錯する充実した内容となった。

当日の公開動画(抜粋)

十亀昭人「宇宙建築の現況」

宇宙建築の研究史と現況を概説。ゼネコンによる初期研究、学生・若手主導の発展、建築学会による宇宙居住小委員会設立など、日本の宇宙建築の潮流を紹介。学生団体TNLの重要性や今後の展望も共有された。月面の重力を活かした人工重力の設計や、展開構造物、教育的意義にも触れられた。

十亀昭人 氏
(東海大学)

大貫美鈴「NASAアルテミス計画の概要」

アルテミス計画を中心に、米国の月・火星探査の技術、政策、産業構造を詳細に解説。月面物流、インフレータブル構造、スタートアップ連携、2026年度NASAの予算削減(ホワイトハウス要求)などの現状と課題を示した。また、アルテミス計画の予算的変更(ホワイトハウス要求)や安全保障的色彩の強まりといった近年の政治的背景にも言及。宇宙技術の商業化や地球への応用(循環型経済・気候技術)も議論された。

大貫美鈴 氏
(宇宙ビジネスコンサルタント/元 清水建設)

関根一真「月面洞窟探査計画の現状」

JAXA春山研究室における研究を紹介。月面の溶岩チューブや竪孔の探査が将来の有人居住に適する理由(放射線遮蔽、温度安定性、気密性)を科学的観測に基づいて解説し、日本主導の「UZUME計画」による洞窟内の探査構想を提示。火星探査への応用可能性にも言及。

関根一真 氏
(JAXA春山純一研究室)

鶴巻崇「Foster and Partnersと欧州宇宙機構による月面居住施設と類似事例」

Foster and Partnersおよび欧州宇宙機関による月面基地構想を建築家の視点から紹介。インフレータブル膜+レゴリスによる3Dプリント外皮の提案、ガウディ建築に着想を得た懸垂曲線による構造設計、月面の南極地方における居住地建設戦略など、空間的・構法的なイノベーションの可能性を示した。

鶴巻崇 氏
(Heatherwick Studio/元Foster and Partners)

菅原一眞「宇宙建築学生団体 TNLについて」

宇宙建築サークルTNL(旧:Tokai New frontier Laboratory, 現在は全国の学生が参加し正式名称をTNLのアルファベットのみに変更)の活動紹介。建築を学ぶ学生のみならず、文理さまざまな学生が集い、宇宙建築の思想・構造・政策の学びと議論を深める。宇宙建築賞の主催、ワークショップ、国際コンペでの受賞歴などを通して、次世代育成とアウトリーチを両立する活動の広がりを示した。

菅原一眞 氏
(TNL代表/JAXA春山研究室)

桜井誠人「宇宙居住の環境制御・生命維持(ECLSS)とGateway」

JAXAによるECLSS(環境制御・生命維持システム)の研究紹介。酸素・水・二酸化炭素などの循環型生命維持技術の重要性を強調。ISSでの技術実績、今後のゲートウェイ構想、地球への応用(例:ダイレクトエアキャプチャー)などにも言及。閉鎖環境における化学工学的視点が、建築とどのように交差するかの示唆があった。

桜井誠人 氏
(JAXA)

クロストーク・総括ディスカッション(抄録)

森屋隆洋 氏
(モデレーター/建築家/東海大学建築会理事)

森屋隆洋(モデレーター):
クロストークに移りたいと思います。

さて、今日のお話の中で個人的に特に興味深かったのは、大貫さんが触れられていた「ティッピングポイント(Tipping Point)」という言葉です。これは一般的には「転換点」として知られていますが、宇宙開発においては具体的に何を指しているのか、あらためてお伺いしてもよろしいでしょうか?

大貫美鈴:
はい、ありがとうございます。実は「ティッピングポイント」というのはNASAのプログラム名でして、ブレイクスルーになりうる技術や応用開発に対して重点的に予算が配分される仕組みです。
たとえば、過去にはロボット工学や3Dプリンティング、小型衛星技術などがありました。最近では燃料宇宙保管や月面探査関連の技術にも多く予算がついています。また、SBIR(Small Business Innovation Research)と呼ばれるスタートアップ支援の制度と連携しながら、段階的な事業化を促進する枠組みでもあります。

森屋隆洋:
なるほど、つまり「技術の飛躍点」を支える制度というわけですね。では、そこから少し連想して、皆さんにお伺いしたいのですが──ご自身の分野において、「もしこれが実現すれば宇宙開発が一気に加速する」といった“転換点”にあたるような技術や仕組みがあれば、ぜひ教えていただきたいです。

桜井誠人:
そうですね。難しい質問ですが、やはり技術とビジネスモデルの両立が大きな鍵だと感じています。たとえば、スペースXがロケットを大量に打ち上げてコストを下げ、同時にスターリンクで収益化するというように──ビジネスとして成立する構造を構築できたところが強い。
日本でも技術力はあるのですが、それがなかなか事業に結びつかない。垂直離着陸の技術など、日本の方が早く実現していたものもありますが、事業化されなければ社会にインパクトを与えることは難しいですね。

鶴巻崇:
私も同感です。火星に行ったところで資源を地球に持ち帰るには距離が遠すぎます。となると、火星での経済活動とは“そこで生き残る知的財産をどう活用するか”という話になる。
また、現在は政府主導ですが、地球低軌道ではすでに民間主導の観光ビジネスが動き出しつつあります。低軌道での成功が、月・火星への技術的・経済的な土台になるのではないでしょうか。いわば、低軌道が“スプリングボード”の役割を果たすのです。

森屋隆洋:
なるほど、知的財産を価値とする視点は興味深いですね。低軌道での宇宙ホテルのような取り組みは、まさにその試金石になりそうです。

十亀昭人:
そうですね。無重力や低重力の環境下では筋力の低下が課題ですが、ISSではすでに数年単位の長期滞在も実現しています。人工重力の導入案もありますが、地球周回軌道で地上と同じ環境をわざわざ再現する意味は薄いかもしれません。むしろ月や火星のように頻繁に地球に帰還できない場所では、人工重力の必要性は増すと考えられます。

森屋隆洋:
なるほど。つまり、いわゆる『ガンダム』や『インターステラー』のような回転による重力発生の技術は、実用化にはまだ遠いものの、地球外天体では現実味を帯びてくるのですね。では、例えば火星や月にあるとされる溶岩チューブのような地形──これは建築に使えるのでしょうか?

関根一真:
はい、火星にも月にも溶岩チューブの存在が確認されています。地下の空洞空間に微生物のような生命体が見つかる可能性も指摘されています。建築的には、こうした自然の空間を活かすことで放射線からの保護や温度制御など、多くの課題がクリアできると期待されています。

菅原一眞:
技術的な観点も重要ですが、それと同じくらい「誰のための建築か」「なぜそこに建てるのか」という制度設計や枠組みが問われると思います。例えば、アルテミス計画にしても、政治的な方針次第で継続が不透明になります。そこで重要になるのは、建築に関わる人々が目的や倫理観、文化的意義を明確に持ち、それを空間に込めることではないかと思います。

大貫美鈴:
加えて、実装には開発の技術だけでなく、それを「いかに運用するか」という視点も不可欠です。たとえばスターシップの打上げ・再利用を支える「メカジラ(Mechazilla)」のような発射施設──運用インフラで運用の技術です。こうした視点も、これからの宇宙社会における建築には必須になると思います。

森屋隆洋:
なるほど。開発だけでなく、継続可能な運用・維持の観点も“建築”の本質に近いですね。では、逆に宇宙開発で培われた技術が、地球の建築や都市にフィードバックされる事例はあるのでしょうか?

鶴巻崇:
アメリカの3Dプリンティング企業ICONの事例が象徴的です。彼らはもともとホームレス問題の解決を目的に創業しましたが、その後NASAと月面基地の開発にも関わるようになりました。宇宙での極限環境対応技術が、地球の災害時住宅や極地建築にも応用されている。これは一方向的な技術転用ではなく、パラレルな進展だと思います。

大貫美鈴:
まさに今、日本では非宇宙産業の企業がCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)を通じて宇宙開発に参入し、革新的な技術を取り入れようとしています。月面開発においても“サーキュラーエコノミー”の視点は非常に重要で、宇宙の資源制約が、地球における持続可能性の考え方にも影響を与えていくと考えています。

森屋隆洋:
最後に、「宇宙建築」という概念そのものについて──従来は宇宙飛行士のための極限環境対応シェルターという印象が強かったですが、今後一般の人が滞在するようになると、空間の快適性や文化性も問われると思います。
建築家がその一翼を担う可能性についてはどうお考えですか?

鶴巻崇:
はい。宇宙ステーションの内部を建築家の目で見ると「サーバールームのようだ」と感じることがあります。技術者主導であるがゆえに空間性や人間性が排除されてしまう。今後、民間人が宇宙に滞在するようになれば、建築家の出番が格段に増えるはずです。空間の質を高めること、快適さや美しさ、文化的意義を設計に織り込むこと──これこそが、建築が宇宙空間で担うべき使命だと思います。

大貫美鈴:
今後は「建設(Construction)」のフェーズに入っていきます。月面という“地べた”があることで、宇宙でもエンジニアリングを超えた“建築”が必要になる。安全性はもちろん、快適性や多様性への配慮も含めて、建築家の役割は確実に拡大していくでしょう。

十亀昭人:
宇宙建築は今のところ“機械”として扱われていますが、これからは住むための“文化的器”として捉えられていくはずです。近代建築の次に来るパラダイムとして、宇宙空間での居住と建築の未来が切り拓かれていくと感じています。

登壇者からの最終コメント

桜井誠人(JAXA)

本日は素晴らしいディスカッションの機会をいただき、ありがとうございました。宇宙建築というテーマは技術開発や産業育成という枠組みにとどまらず、人類が極限環境に挑む精神的・文化的営みでもあると改めて実感しました。かつて宗教や信念が人を海へと駆り立てたように、経済的合理性を超えた「動機」が宇宙にも求められるのではないかと感じています。

菅原一眞(TNL代表/JAXA春山研究室)

貴重な機会をいただき、ありがとうございました。学生として活動してきた中で、宇宙建築の議論が10年前と比べて非常に進展していることを実感しています。数年後、自分たちの世代が社会に出る頃には、実際に宇宙に建築を届けるフェーズに入っているかもしれません。小さくても実体を持った宇宙建築が現れるよう、継続的に挑戦していきたいと思います。

鶴巻崇(Heatherwick Studio/元Foster and Partners)

宇宙建築が想像から具体へと移行している今、多様な専門分野の人々が集い、語り合う場の重要性をあらためて実感しました。我々は未知なる領域に足を踏み入れようとしていますが、その道程を共に考えることが、社会や文化の可能性を拡張するきっかけになると信じています。このような対話を通じて、未来の宇宙社会の雛形を地上で共有できたことに感謝いたします。

関根一真(JAXA春山純一研究室)

本日はありがとうございました。私は理学の立場から参加しましたが、宇宙での居住を実現するためには、工学・建築・文化など、様々な視点からの連携が不可欠です。建築の専門家が「こういう空間があったら行ってみたい」と感じられる提案をすることで、理学や工学側の技術開発にも具体的な方向性が生まれると感じました。今後も分野横断的な議論が広がっていくことを期待しています。

大貫美鈴(宇宙ビジネスコンサルタント/元 清水建設)

2050年には月に1,000人が暮らし、年間1万人が往還するという予測もあります。そこにはオペレーター、建設従事者、観光ガイド──様々な職種の人々が必要になるでしょう。そうした未来に向かう過程に、今、私たちは立ち会っている。その技術や知見が地球にも還元され、安心・安全・快適な社会に貢献する姿を思い描きながら、これからも取り組んでいきたいと思います。

十亀昭人(東海大学)

本セッションが若い世代にとって進路を考えるきっかけになれば嬉しいです。私は35年宇宙建築に関わってきましたが、将来は、この分野の第一線に立つ新しい人材がもっと増えていてほしいと願っています。今日の参加者の中から、大学の研究者や建築家が生まれることを期待しています。ありがとうございました。

森屋隆洋(モデレーター/建築家)

本日はお忙しい中ご参加くださり、誠にありがとうございました。今後も「宇宙建築」を通じて、人間の生存や文化を考えるセッションを継続してまいります。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。